2004年07月03日11時52分53秒
『ノンタンとお茶』 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]
テレビの向こうでノンタンが「ビリー、行こうよ」と手を差しのべたので、思わずその手をつかんだら、引っ張られてテレビの中に入ってしまった。私は、知らない間にビリーという、金髪碧眼にシャツとジーンズの田舎風青年に変化しており、ノンタンと連れ立ってテレビの中を旅した。
ノンタンと私は、森の中を探検し、森の中で五重塔を見つけた。なかに入ってみると、茶室があり、ノンタンは「お茶でもどうですか」といつのまにか和装になって、姿勢よく正座している。「ハ。イタダキマス」と私はビリーであるので、妙な片仮名言葉で応対するのである。ノンタンは茶室の小さな障子をあけて、石庭を眺めて一人ごちた「ずいぶんと人間の教養を身につけました。しかし、おかげで野原で草を食み、猟犬に追いかけられて毛を逆立たせる思いというものをわすれてしまいました。どっちが良かったのか、いまとなってはわかりませんね」開け放たれた障子から外を眺めるノンタンの、後姿の影はやけに薄かった。私は、農耕民族であるが狩猟民族になってしまった今の私と照らし合わせて、考え付くかぎり考えて、答えた「ビリーの私としては、野うさぎは美味しそうなんです。でもヤポン人に戻った私は、野うさぎは可愛いものなんです。たぶんそうです。ココロとケイケンの分水嶺なんて、そんなものですよ」言ったが、言っても言葉が足りないように思えた。ノンタンは微笑をたたえて「そんなもんですなあ」と答えた。微笑んで、目じりが下がりすぎて、泣いてるように見えた。私はもどかしく、でも言葉の持つ限界と、脳と脳とが異なりすぎることの限界に思いいたり、「ソーリー」と返すのみだった。私は、打ちひしがれた気分で、開け放たれた障子の小窓を何気なく覗いた。石庭のむこうに、白い水仙が、群れと咲いていた。なぜ水仙は、あのように折り目正しく花弁を折り、背筋を伸ばして、小首を傾げ、傾げながら背筋が良いのだろう。清冽で潔いのだろう。「フラワー」私が思わず呟くと、ノンタンは「ええ、咲きましたね。水仙はクッと背を伸ばしているのが、よいです」と自然に顔をほころばせた。私は、ノンタンの日本的な叙情を理解することができたのかわからないけれど、ともかく花は綺麗だということで、まあ、意見もあったし、いいのかな、と思い、ノンタンを残しゲンジツ世界に帰った。
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三語一行「のん びり いこう」第2弾
昨日書いて、投稿し忘れ。ここで供養します^^;
ところで、水仙はどうも私のイメエジしてるものと違うような気がする……
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