2004年07月28日01時31分19秒

『故郷の空』 [ 3分で読めるもの ]

 友人の紹介で日系人のハラレロさんと知り合った。ハラレロさんの母国は南米のごく小さな国なのだが、ここに国名を記そうにも、とても日本のひらがなでは表記できないのでやめておく。ハラレロさんの名前にしたって、母国語では「ハラレロ」ではない。一番近しい発音で呼んでいるだけだ。ある日、ハラレロさんが私の家に来て「相談があります」と物憂げな顔をして言った。「なんでしょう」と私が聞くと、ハラレロさんは座卓の前で正座して、浅黒い顔を俯き加減に睫毛のながい瞳をパチパチとさせながら「飛べないのがつらいのです」と告白した。ははあ、と私は合点した。ハラレロさんは母国でも少数民族の鳥翼人との混血である。鳥翼人は手首から脇腹にかけて皮膚がムササビのように広がっており、おまけに胸筋が発達していて、小高い丘からダイブすることで大空を飛翔することができる。ハラレロさんは二分の一だか四分の一だか日本人の血が混じっているが、それでも鳥翼人としての機能は失わず故郷では自由に綿畑の上を飛んでいたという。しかし。「しかし、ハラレロさんは手術で脇下の皮膜をとってしまったんでしょう」聞くと、ハラレロさんは正座した膝に両手をついて、鎮痛な面持ちで畳を見つめながら「はい。父が……父は純粋な日本人ですから、鳥翼族の気ままな飛翔生活が我慢ならなかったようです。いつも、あんなのは浮き草みたいな人生だ、と言ってました。私も、そんな父に育てられ、なんとなく鳥翼人を蔑視するような、半分は日本人である自分を誇るような気持ちでいました。だから手術も受けたのです」と言ったきり、黙り込んでしまった。ハラレロさんが黙り込んで畳の目を見つめているので、私も手にした湯呑みの底に沈んでいるお茶っ葉をじっと見つめて、時がすぎるのを待った。やがて、ハラレロさんは立ち上がって「帰ります」と言った。帰るとは、今住んでいるアパートだろうか、故郷だろうか。遠慮がちに聞いてみると、ハラレロさんは「もう故郷に帰っても仕方ないでしょう」と力なく笑い、こんな話をした。「鳥翼族がなんで飛ぶようになったか、知ってます? 一族に伝わる民話ですけど、最初の鳥翼人は空に浮かぶ雲がふかふかのベッドのように見えて、そこで昼寝したいから飛んだらしいですよ。ばかばかしいですよね。ただ、いまでも思い出すんです。丘をすごい勢いで走り降りる、ある地点で風をひろう、私の体が風に拾われてふわっと舞い上がる。舞い上がると一瞬で空の高みです。頭上には雲が近くて、下を見下ろすと綿畑が遠くひろがっています。キュウウウウイ、という声がして振り返るとコンドルが飛んでいます。雲が頭にぶつかりそうなくらい近くて、綿畑が異国の風景のように遠いんです。見渡す限り青くて、とても静かで、コンドルの声しか、聞こえない」それっきり、ハラレロさんとは会っていない。知らぬ間にアパートも引き払っていて、工場もやめていた。私は、別に消息を求めなかったが、空がやけに高い日に、頭上で鳥の鳴く声を聞くと、知らずに振り仰ぐようになった。

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三語一行「にっ しょ うき」
なにか色々と不満の多い作品です。でもまあ、鍛錬の一つとして置いておきます^^;

Posted by kakimi at 2004年07月28日01時31分19秒 | コメント(0) | Trackback(0)



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