2004年06月02日10時37分51秒
こいのぼり [ 3分で読めるもの ]
ミカは朝からずっとよそのお家のこいのぼりを見ています。空は快晴で風もそこそこあって、たしかにこいのぼり見物日和ですが、ミカはもう何時間もしゃがみこんでこいのぼりを仰ぎ見続けているのです。膝に抱いたネコのトシロウも飽きてしまって居眠りをしています。
こいのぼり達ははたはたと青海をなびいていましたが、あまりミカが見つめ続けているのでしまいに父鯉が聞きました。
「もうお昼だよ。ごはん食べなくていいのかね」
父鯉の下で泳いでいる母鯉も言います。
「そうだよ。ごはんは食べないとね。大事だからね」
ミカは、んーと眉間にしわを寄せて腕を組んで考えて、それからお腹に手をあててお腹の虫と相談してから答えました。
「お腹すいてないもん。ね、お宅はごかぞくが少ないのねぇ」
ポールにはためいているこいのぼり一家は父鯉と母鯉と子供鯉の三匹だけでした。
「まあ核家族なんだよね。昨今はね」父鯉が答えます。
「そうね、昨今はね」母鯉が請合います。
「うちもカク家族だよ。私とお母さんとトシロウの三にん」ミカは眠りこけているトシロウを高々と掲げてみせました。
「いや三人という意味じゃないんだけどね。お父さんはどうしたの?」
「そうそう。お母さんはお昼むかえにこないの?」
掲げられたトシロウがイヤイヤとじたばたしてミカの手から地面に着地します。すたすたとどこかに行こうとするトシロウを追いかけながらミカは答えます。
「お父さんは大分前にいないの。たぶん百年くらいまえからいないの。だからお母さんたいへんなの。いつも『つかれたつかれた』って言ってるの」
ようやくトシロウを捕まえたミカはこいのぼりのほうを仰いで「今朝ね、なんかほんとうにつかれたーてかんじでお母さん『つかれた』って言ったよ。それで大きなかばんもってどこか行っちゃった」
「そうかい。まあ昨今はね……」
「ほんと昨今はね……」
父鯉と母鯉は代わる代わる溜息をつきます。ミカはそんな様子を掛け合いの漫才みたいだと思いました。
夫婦漫才の奥さんのほうが旦那さんのほうに聞きます。
「どうかしらね。この子、うちの子にしてしまえば」
「それもいい考えだね。うちは太郎しかいないしね」
母鯉がミカのほうを向いて聞きます。
「あんた、うちの子になるかい? ただ空を飛べないとまずいけどね。あんた飛べるかい?」
ミカは考えて「うちにカイトがあるの。お父さんが置いてったんだって。カイトしょえば飛べるんじゃないかしら」
「それじゃあ不恰好だよ」と母鯉。
「うんうん。不恰好だ」と父鯉。
「やっぱり鯉になるしかないね。あんた、鯉になるかい?」
母鯉に聞かれてミカはちょっと考えましたが、青空をはたはたと飛んでいるのはとても楽しそうなので「うん!」と元気よく答えました。よし、と母鯉は頷いて、それから首をぶんぶん振って口に結わえてある綱をポールから引きちぎりました。自由になった母鯉はひらひらと舞い降りて、大きなまるい口でミカをぱくりと飲み込みました。
「鯉になるにはあんたを産みなおさないとね。わたしのお腹のなかに入って、わたしがお腹を痛めて産めば、あんたは立派な鯉さ」
母鯉のお腹のなかはとても暖かで、ミカはトシロウを抱いたままうとうととして体を丸めます。とても眠いです。うとうとしながらミカは考えます。
『ああ、でも鯉になったらお母さんが私と気づかないんじゃないかしら。それじゃあお母さんが帰ってきたときにまずいじゃない』
ミカは寝てはいけない、と思いましたが、とても眠いのです。腕に抱いたトシロウはとっくにスピーと鼻を鳴らして眠りこけています。寝てはいけない寝てはいけない。そう思いながらミカは暖かい夢の世界に転げ落ちていきます。
こいのぼりのお家の人が、綱が切れて地面に落ちたこいのぼりにくるまり眠りこけているミカを見つけるまで、ほんの少しの間の事。
――――――――
三語の事故作で投稿しなかったもの。
お題は「こいのぼり」「カイト(洋凧)」「漫才」。追加ルールは「女の子を主人公にする」
『ネコの種』の元になったもので、登場人物(猫物)もいっしょ。
TrackBack
http://kakimi.blogtribe.org/tbinterface.php/3dce50dbd7db5035eb34ac949dd20369
コメントは投稿されておりません。

