2005年10月11日00時39分32秒
砂流歳歳(1) [ 10分で読めるもの ]
ダミーとダッツヲが病院を抜け出して一月近くが経っていた。ある満月が煌々と照らしだす夜、二人は病院スタッフ五人と武装した警備員三人を切り刻み、国道を封鎖していた州警察十四人を六十六体のパーツに分解して、市外にひろがる砂漠に姿をくらましたのだ。
研究機関と州警察は砂漠全体に包囲をひろげたが、研究機関は情報提供に協力的ではないし州警察はそもそも機関を嫌っている上に正体不明の化け物に恐れをなして全然やる気がないし砂漠はだだっぴろいし暑いし喉は渇くしで、なんだかんだとダミーとダッツヲは一月ものあいだ砂漠をうろうろと逃げまわることができた。
はたしてそれが幸運だったのかはわからないが、ともかくダッツヲは夢にまで見た「頭上に輝く太陽」を存分に拝むことができ、ダミーは自慢の金髪と白い肌をじりじりと赤くやく太陽に憎しみさえ覚えるようになっていた。
「あれがよくなかったのよ、スー・ズールとかいうババアの占いが。あたし毎週読んでたけど一度もあたったためしがない。もちろん誘ったあんたが一番最悪」
ダミーは憎憎しげにおそらく千回は言ったであろう台詞を吐き捨て、砂の地面に唾も吐き捨てた。水晶のようと讃えられた碧眼も精彩がない。ダミーは砂漠に来てからいつも怒っている。別に病院暮らしは嫌いではなかったのだ。ベッドのシーツは清潔だし、エアコンはかかっているし、食事もお菓子も好きなものを頼めるし、お風呂も毎日、ファッション誌だって週に五冊届いていたのだ。ダミーは自分の爪をみる。ながい爪はばきばきに割れてマニキュアも剥げてしまっている。さらに頭に血が上ってくる。
「今週の占いはラッキーで、当たるかもしれないじゃないか」
ダッツヲは牛のように返事をしながら、さんさんと生きものを殺さんばかりの太陽をあおいだ。巨躯が弓なりになって、逆光でみると黒い銅像のようだ。ダミーはダッツヲののろくさい喋り方が嫌いだ。無精髯づらが満足そうな笑みを浮かべているのも苛立たしい。
「あんたと喋ってるとね、肌がぞわぞわしてくんのよ。耳んなかもぞわぞわしてくんのよ。あんたの声、伝達速度が遅すぎんの。耳んなかをすっごいのろいスピードで這ってくの。のろのろ這うから、ぞわぞわぞわぞわ気持ち悪いったらありゃしない!」
ダミーが何百回目かの大爆発をおこし、ダッツヲは「そうか、気をつけるよ」と蝸牛の速度で答えた。
夜になると、さすがに砂漠も冷え込んでくる。ダミーとダッツヲは昼間はひとところにじっとして炎熱をやりすごし(ダッツヲはむしろ向日葵のように陽光を浴びているが)、夜になると移動する。ダミーが日よけに被っていた毛布は防寒にかわり、ダッツヲは毛布にくるまれたダミーをおんぶして移動する。うろうろと歩き回り、野営しているテントをみつけると襲撃した。
「あ、あれ」
ダミーが砂漠の地平線とぎれるあたりにほのひかる火の明かりを指差した。
「うん」
ダッツヲは無感動に返事し、黙々と明かりのするほうへと進む。
案の定、ロマの宿営地だった。ここいらのロマは砂漠に埋まっている恐竜の化石を採掘し、密売してるのだ。テントがみっつ。三家族らしい。テントに囲まれるようにして灯る焚き火の前で、火の番をしている老人が、孫らしき幼い女の子を抱いて座っている。
「ねぇ」ダッツヲの背中から、ダミーが声をかけた「水はある? できればポリタンクがいいな。シャワーを浴びたいの。あと牛のステーキ肉と……ラムはいやあよ。爪きりと化粧水とボディソープと……ああ、そうそう日焼け止め! 誰も持ってないからいやんなっちゃう」
顎鬚の老人が目をまるくしていると、ダミーはさっさと肩にかついだショットガンをひっぱりだし、左手だけで構えて無造作に撃った。老人の頭が四散し、背後の砂の地面に脳漿のペイントアートを描く。あーあーと膝の孫娘は、不思議そうに祖父のなくなってしまった顔のあたりを見上げる。「水! 水水!」ダッツヲの背中から飛び降りたダミーは、トイレにでもかけこむようにテントの一つに入っていく。ショットガンの銃声と、ざしゅっざしゅっと言う肉を斬る音が響く。
異常な音に飛び出してきた他のテントのロマたちは、焚き火の前でぼーっと突っ立っている大男と目が合った。
「やあ」ダッツヲは鈍重そうに笑いかけ、優しげな瞳で言った「ちょっと都合してくれないか。旅先でこまってるんだ」
テントに隠れていた最後の男の子の首が、ダッツヲの太い腕のなかでごきりと言う音をたてた。ぶらさがる死体を地面に放り、ダッツヲは焚き火の前に戻った。火の前ではダミーが戦利品の女性もののバッグを漁っている。
「なにこの安い化粧品、いつ使ったんだかわかりゃしない。うぇーこれ黴かしら。こんなもんとっとくんじゃないっての。あーもう使えるもんが全然ない! みんな身だしなみってもんがないの?!」
ダミーは腹をたててバッグの中身を焚き火にぶちまけた。ばちばちとプラスチックのはぜる音がし、匂いに顔をしかめる。
「角」ダッツヲがダミーの肘を指差して注意する。ダミーの両肘から五十センチほどの角が生えている。骨が表皮を突き破って成長したものだから『角』なのだが、刃のように薄ひらべったく、切っ先も鋭いので、用途としては『包丁』である。ダミーは全身から十五本の『包丁』を自由に生やすことができる。ダミーは包丁の根本を人差し指と中指で挟んで、カッターナイフの刃のようにポキリと折った。破れた表皮がみるみる修復していき、もとのつるつるの白い肌にもどる。
「生やしたところだけ、白くなるんだな」
唯一使える乳液を肘に塗りこんでいるダミーに、ダッツヲが聞く。包丁を生やしたあたりは再生するから、元の白い肌だ。肘、膝、かかとなどは色白で、生やせないほかの箇所はあかく陽にやけている。つまりまだら模様だ。そんなことわかっているのに、わざわざ指摘するダッツヲの無神経がダミーは嫌いだ。病院のせんせいも、看護士も、心理カウンセラーも、ダミーにいつも気持ちよくなる言葉をかけてくれた。今日もきれいだね。シャンプーを変えたのかな、いい香りだね。ダミーの髪は自然にくるくる巻いてていいよね、あたしの直毛いやんになっちゃう、艶も腰もないし。
あの夜はなんだってこんな奴についていってしまったんだろう、ダミーは考えた。
あの夜は満月で、個室のベッドからそれを眺めていた。あまり外に興味のないダミーだったが、夜空にぽっかりと浮かぶ満月は好きだった。月明かりに照らされると、ダミーの白い肌が青みがかる。白を基調にした病室もどこか青みがかって、窓のカーテンのぱたぱたと揺れるのにまかせて月光の陰影がゆらゆらたゆたう。そんな青白さがすきだった。
ふと、病室の前を通るダッツヲと目があった。ダッツヲはつい今しがた看護婦の首を素手でひきちぎったところなので、半身が真っ赤にそまっていた。目が合うとダッツヲは「やあ」と挨拶した。いつもの、牛のように優しい瞳だ。
青白い月光は病室の入り口あたりまで届いていて、ダッツヲのおおきな体を照らしだしていた。月明かりを浴びたダッツヲは、黄色みがかった肌に青白さが加わって、ふしぎと美しくみえた。いつもはそばにいると圧迫を感じて嫌だった巨体も、大きいということはブロンズ像のような美しさなのだな、と思えた。
「あんた、どこいくの」
めずらしくダミーのほうから声をかけた。というよりも二人が言葉を交わしたのははじめてだった。ダッツヲの姿は昼間レジャールームでよくみかけたが、話をしようとも思わなかった。彼はたいがい隅っこのテーブルで一人チェスに興じており、目があうと「やあ」と挨拶してくるのだが、その愚鈍なイントネーションが気に入らず、ダミーはいつも無視していた。そもそもダミーは自分以外の患者は皆大嫌いだった。自閉気味でぶつぶつ言ってるやつ、常軌を逸した甲高い笑い声をあげながら廊下を走っているやつ、言葉が喋れないほど馬鹿なやつ、ろくな人間がいなかった。もちろんダッツヲもその一人にすぎなかった。
「うん。お日様を浴びようとおもってね。外に出るんだ」
ダッツヲはのんびりと言った。
「お日様? そんなもの窓から見れるじゃない」
「そうじゃない。病室からだと、病室の窓からだと、こう、斜め上から浴びるじゃないか。そうじゃなくて、真上から浴びたいんだ。頭のつむじあたりに、お日様をかんじたいんだ」
ダミーはその時はじめてダッツヲがまともに喋れることを知った。蝸牛の速度とは言え。そして、そういえば自分も月光を真上から浴びたことがないことに気がついた。
「あれなら、きみも行くかい。外というのは、どっちを向いてもお日様がいるんだよ」
ダミーは手元で開きっぱなしにしてあるファッション誌の占いコーナーに目をおとした。『新生活、新しい恋の予感。綺麗な自分に磨きがかかるチャンス。幸運色は赤』などとある。ダッツヲは半身血のりで真っ赤だし、月明かりの全身浴ってお肌にいいのかしら、そんなことをダミーは考えた。
「肉、焼けたよ」
ダッツヲののろくさい声が、ダミーを現実に引き戻した。テントにあった鉄板をひっぱりだしてダッツヲが肉を焼いている。またラム肉だ。
「臭いからいらない」
拗ねたように言ってダミーは焚き火から離れた。焚き火に照らされたダッツヲの顔は、無精髯で赤茶けた肌で、とてもじゃないけど美しいとはおもえなかった。自分のウェーブのかかった金髪も、陽にやけて白っぽくなっている。上をみあげると今晩は曇り空で、月はみえなかった。今日か明日くらいが満月だろうけど、月光を浴びても自分が綺麗になれるとはおもえなかった。
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http://kakimi.blogtribe.org/tbinterface.php/2c7218aa5fddd6032eb4544fe045412b
| ■ もう! | |
| 超超おっとこまえでかっこよく、すばらしいコンビネーションで鼻血が出そうでした。 | |
| さん (2005-10-11 20:25:44) |
| ■ NO TITLE | |
| 読んでいただいてありがとう〜! 奇しくもワタクシ昼間鼻血をだしました | |
| 柿美 (2005-10-12 01:11:38) |
| ■ NO TITLE | |
| 私の出そうだった鼻血が時空を超えて柿美さんに迷惑をかけてしまったみたいですいません。 鼻を殴っときます。 いてっ! 鼻血でそう。あれ?出ない。どこいったのかな? | |
| さん (2005-10-13 11:36:04) |
| ■ NO TITLE | |
| たしかに受信しました ツートン・ツートン・ツートントン(鼻血がツーとでて首をトントンする意) | |
| 柿美 (2005-10-15 01:04:25) |

