2005年12月12日00時40分04秒
スーパー無題人4(サルのやつ) [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]
伝い蛇である私は、電線や電話線にコイルのように巻きつき、それらを伝って旅をする。なぜ電線を伝うかというと、私が電気を食うからである。主食が電気である私にとって、電線は食糧庫であり、巻きつくに便利な寝床であり、まさにうってつけなのだ。
私は電線伝いに方々を旅する。とくに街中は面白い。電線や電話線は縦横に張り巡らされているから、人間達の様々な生態をつぶさに観察することができる。享楽的であったり、悲惨であったり、笑顔であったり醜かったり、なぜ人間はああも色彩豊かにころころと表情を変えるのだろう。時々私の姿を見留める人間もいるが、私の体は常に電線に触れているせいか電池のように電気を貯めこんでいて、光を放出している。端から見ると電線に火花が散っているようにしか見えないらしい。
私はそうして都会での暮らしを楽しんでいたのだが、ふと、電線が途切れるほど彼方まで行ってみようと思った。人間がインドやらブータンやらに行ってみたくなるのと同じ心境だろう。あるいは少し食傷していたのかもしれない。
電線伝いに、とにかく田畑や山々のあるほうへ、ビルや家屋のないほうへと旅をした。北へ北へと進んでいくと、ふと、どこかで見たような風景にでた。線路が一本あるきりの、どこまでも田畑のつづく風景だ。収穫を間近にひかえた稲穂が、西日に照りかえって、黄金色の波をうっている。黄金の波の途切れるあたりに、なつかしいお山がつくんと聳えている。私は単線電車のケーブルに巻き付いて、しばしその風景に見とれた。眼下に刈り入れをしている農民たちがいて、忙しくコンバインを動かしている家族と離れて、畦に座り呆と田圃を眺めている老人がいた。老人は、なにげに私のほうを振り返り、目をまるくした。
「水神様でねぇか」
老人に声をかけられ、私はきょとんとした。半分呆(ほう)けた老人は、なにかを思い出そうとするかのように、思い出させようとするかのように、身振り手振りをはげしくして、なおも言う。
「ほれ、お前様は、社におった水神様じゃろ。わしらが日照りでこまったときに、おいでいただいて、雨をふらせてもらっとった」
私のなかに、浮かび上がってくるものがあった。あのお山のふもとにある社。社の神棚に薄緑色の壷があり、私はそのなかで暮らしていた。いつもはうとうとと壷の中で眠っていたが、時折、村人たちが干ばつに困ると、私を壷のなかから出した。起きた私は雷を食うために、雲を呼んで、雨を降らせた。別に人間のためにやったことではない、けれど村人たちは水神様と呼んで感謝していた。干ばつがなくとも、田植え祭や収穫祭のときにも、私は呼ばれた。お神酒を舐めてとろんとした目で、村人たちの田楽祭りを眺めていたのを覚えている。
「お前様は、しらんまにおらんようになって。そういえば、いつごろからか、お祭りもやらんようになった」
この老人の顔にも覚えがあった。お祭りの夜、上座で酔っ払った私に、チョコレートをおずおずと差し出した村の子供だ。水神様はそんなもの食わんのじゃ、と傍らにいた母にたしなめられていた。
「お戻りになってくれたんか。じゃったら社もきれいにせんとの。だいぶ荒れとるで」
老人は嬉しそうに目をほそめる。誰と話しとるんじゃ、とコンバインに乗った息子らしき男が老人に声をかける。私の居場所などあるわけがない。私はしばらく老人の顔をみつめていたが、ふいと向こうをむいて、元きた南のほうへと帰ることにした。

