2005年10月27日01時17分44秒

またまた無題 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

 ラッシュアワーの車内でみっしりつまった肉塊たちに押し潰されていると、暑さと息苦しさと生きものの色々な匂いで眩暈を覚える。くらくらして目をあけると、混雑した周りの風景はすっかり灰色に変わっており、灰色のモノクロームのなかで唯一鮮やかな色をもった女の子が、数メートル先にいる。くっきりと、モノクローム写真に貼り付けたカラー写真の女の子。頭に結んだ青いリボンを揺らしながら、私に微笑みかける。あれは、幼馴染のユウちゃんだ。
 小学校の帰り道、よく人さらいがあらわれた。教室でぺちゃくちゃとお喋りをしてつい帰りの遅くなった夕方、とぼとぼと通学路を歩いていると、住宅街の角からひょっこりと人さらいのおじさんが顔をだす。ぱりっとした背広を着て、おじさんというよりおじいさんにさしかかった人だ。夕陽の逆光で顔はよく見えないけど、柔和に笑っているにちがいない。
 あの日、いつもは見ないように通り過ぎるのだけれど、一緒に帰っていたユウちゃんがおじさんの誘う声に振り向いた。ユウちゃんはどちらかというと大人しい子で、家が近所の私以外とはなかなか打ち解けなかったのに、おじさんと楽しそうに会話をしだした。私には二人の会話がよく聞き取れなかった。二人は夕陽を背にしていて、とても眩しくて二つの影法師にみえた。影法師はとても楽しそうにお喋りをしていて、おおきな影が小さな影のあたまに蝶をのせた。
 OOちゃんも行こうよ、ユウちゃんが私に声をかけた。ユウちゃんの顔は陽のひかりがまぶしてよくみえないけど、私に手を差しのべていた。ほら、このリボンをつけるとね、夕陽のむこうに行けるんだって。それはそれは素敵なところで、ずっとずっとしあわせなきもちでいられるそうなの。私は体を固くしてぶるぶると頭をふった。ちぇ、つまんないの、ユウちゃんは活発な男の子のように舌打ちして、おじさんと手を繋いで夕陽にむかって歩いていった。あとで来てね、ぜったいだよ、夕陽のなかに消えていくユウちゃんの声を、たしかに聞いた。
 列車が急ブレーキをかけ、肉塊が雪崩れて私を押し潰す。まるでソーセージを作る機械に押し込まれたミンチ肉の一片のようで、私は同胞らの放つ匂いと粘液にまみれて意識がとおくなる。モノクロームのなか、唯一の救いのように鮮やかな色彩のユウちゃんが口をぱくぱくさせている。ずっと待ってたよ、いこうよ。青い蝶がとまったようなリボンが、ゆらゆらと楽しそうにゆれている。私は押し潰され、立ちこめる匂いにむせながら、いかないよ、と答えた。ユウちゃん、私はいかないの。約束の場所なんかいらないの。一生、ぜったいに辿り着かないのよ。歯を食いしばってそう答えても、ユウちゃんはうっすらと笑いを浮かべるばかりだ。

Posted by kakimi at 2005年10月27日01時17分44秒 | コメント(5) | Trackback(0)