2005年10月25日01時16分18秒

また無題 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

 私は星空の綺麗な夜、もくもくと煙を立てるビル火災現場を見物に行ったら急行する消防車に轢かれて死んでしまった。私の死体の周りには人だかりができ、青い顔をした消防士が駆け寄ってきていたが、すでに幽体となって空を浮遊する私には関係のないことであった。いやむしろ「火事場見物客、消防車に轢かれ即死」などという恥ずかしい三面記事の主役なるなんて、これはもう完全に無関係でいこう、そう思ってついぃっと空を飛んだ。
 死んでしまったものの生来の野次馬根性は治らないらしく、私は炎と煙をあげるノッポビルを周回したり壁に沿って滑空したりして火事場見物を楽しんだ。内側からの熱風でガラス窓がぱりんぱりんと割れたりして、すごい迫力だ。くるくるとビルの高層付近を周回していると、おや、とおもった。ビルの最上階の窓際に、小さな男の子がいる。まだ割れていない窓ガラスに顔をおしつけて、ほとほと困りきった顔をしている。
「まだ残ってる人がいたの」
 私は思わず声をかけた。たしか全員無事に避難しているとアナウンスしていた。
「ぼくは逃げられないんだよ」
 男の子は私の顔をみて、はぁっとため息をついた。
「どうして。あ、階下(した)が火の海だから」
「んーん。ぼくはここで死んでしまったから、ここにずっといなくちゃいけないんだ」
 男の子は自分の足元を指差した。半ズボンの下に華奢な脚が伸びていて、革靴を履いた足が、くるぶしあたりまでオフィスの床に埋まっていた。根の生えた植物のようだ。
 ここはお父さんのオフィスで、お父さんはじぎょうに失敗してぼくをみちづれにしたんだ。首をぎゅうとしめて、すごく苦しくて、目と鼻と口から血がいっぱいでたよ。そんな話をして、男の子はケチャップ色の涙をながした。
「あんたが自縛霊でもさ、ここにいたらやばいと思うよ」
 私は窓ガラスをにゅうと突き抜けて、男の子の両手をにぎった。床に足をふんばって、男の子の腕を力いっぱいにひっぱる。しゅぽっと男の子は芋ほりの芋のように床から抜けた。そのまま私たちは窓を突き抜けてビルの外、星空を舞った。オフィスの床には男の子の革靴だけが残っていた。私は裸足の男の子と手を繋ぎながら、さてどこへ行こうかしらと考えた。

Posted by kakimi at 2005年10月25日01時16分18秒 | コメント(7) | Trackback(0)