2004年08月31日00時29分48秒

『月下の世界』 [ 3分で読めるもの ]

 有終の美というでしょう、それを飾りにきました。夜中に私の枕元に立ったAはにこやかな顔でそう言った。Aは三日前に交通事故で亡くなっており、なんでも道路に駆け出した子猫を避けようとハンドルをきった乗用車に下半身を潰されたそうで、たしかに今目の前にいるAは下半身が空き缶をペシャンコにしたように潰れているのだが、なにがわからないって大して親しくもない私の枕元に立っている理由がわからない。
「それは、まあ、あれですよ。親しい人のところに出たら、その人悩むじゃないですか。私の用は些細なことなので、あなたくらいの他人が後腐れなくていいんですよ」
 なんだか失礼な物言いのような気がするけど、まあいい。
「で、有終の美って」
「ええ、私は子猫の身代わりで死んだわけですが。せっかくなので子猫がその後も生き延びて、私の代わりに子々孫々を残している姿が見たいと思いましてね。もし子猫一族に苦難が生じれば、除いてやろうかと」
 ……ちょっと、待った。
「子猫が子々孫々を残すって、少なくとも半年くらいかかるんじゃないの。それまで私にとりつく気?」
「いえ、霊に時間の概念は当てはまりません。飛ぼうと思えばすぐさま子猫が成猫になって一家を構えている時に飛べます。あとは、あちらに飛んだ時に借りる肉体がないことです。そこで、あなたに一緒に飛んでもらおうと」
「飛んでから借りれば」
「いえ、半年後だと、あなたくらいの他人は私のこと忘れてます。私が死んだ直後くらいじゃないと同調しないんですよね」
 なんだかあちらの都合ばかり押し付けられているような気がするが、まあ、どうでもいいかと私は承諾した。それでは、とAは私の顔に向こうの透ける映像の粗い顔を近づけ、私の身体に一気にダイブした。質量を持つ私の身体と持たないAの身体が重なりあい、A言うところの同調したらしく、頭の中に『では飛びますね』というAの声が響いた。
 私の意識は暗転し、夢の中でマンモスだの丁髷をしたお侍だのを見たような気がするが、目が覚めてみると見知らぬ路地裏に立ちつくしていた。にゃーお、という鳴き声に振り向くと、どこかの店の裏口に置かれたポリバケツの傍らに、黒猫が一匹行儀よく座っている。
『あれが子猫の成長した姿です』Aが頭の中で解説する。鎮座する黒猫の背後でミャオミャオと黄色くやかましく輪唱する声があり、周りこんで覗いてみるとポリバケツの後ろにミカン箱があって、目の開けきらぬ子猫たちが五、六匹くんずほぐれつ上になったり下になったりしてお手玉のように一山になっていた。子猫の一山が入っているミカン箱には汚い毛布が敷かれており、おそらく店の人が用意したのだろう、それゆえに黒猫も人慣れして私が近づいても警戒しない。
「で、どうするの」
『もうすぐドブネズミが来ます。ここいらのは栄養豊富なのか、一メートルくらいあります。猫でも負けてしまうほどなんですね。子猫たちはいい餌というわけです』
「ああ、聞いたことあるなぁ。で?」
「お願いします」
「は?」
 路地裏の暗がりに、二つならんだ光がいくつもいくつもあらわれた。私は「ちょっと! おい!」とAに呼びかけるが、頭の中のAはだんまりを決め込んでいる。私は逃げ出そうと思ったが、ミャアミャアと子猫たちは無心に鳴いている。黒猫は暗がりに向かってフウウと威嚇の唸りをあげて毛を逆立てている。くっそう、と呟きながら、私は手近にあった竹箒に手をのばした。

 それから私たちは、黒猫一家が危機に直面する場面に次々と飛んだ。よちよちと歩き出した子猫が表の交通量のはげしい道路に飛び出そうとするのを寸でで抱え上げ、私が車にはねられそうになったり、保健所の人が回収に来て「私が飼い主です」と言ってみたものの「身分証をみせて」と言われて免許証を見せたら更新が切れていて疑われたり、とにかく大変だった。私ばかりが。Aは指示をだすだけで、ここぞという時はだんまりである。なんだか「勝手呆け」という言葉を思いだした。
 ともかく成長した子猫の一匹が側溝に落ちているのを助け出したところで、Aは「これでめぼしい危難は全部回避されました」と宣言し、ようやく任務が終了した。「これで、おしまい?」側溝に落ちた子猫を抱え上げたせいで泥だらけになった顔を袖で拭いながら、私はほっと安堵した。「ええ、ありがとうございました。せっかくだから、もう一回飛んでみますか? まあ、ご褒美というか」
 ご褒美?  聞き返す間もなく、私の意識は暗転し、気がつくと瓦礫ばかりの廃墟に立っていた。コンクリートの瓦礫の山が等間隔に積み上げられており、かつては道であったらしきものがそれらを縦横に走っている。どうも先ほどまで居た猫のねぐら周辺の繁華街の跡らしい。あたりは真っ暗で、見おろす満月ばかりが煌々と終わってしまった世界を照らしだしていた。にゃーお、と瓦礫の一角から声がした。振り返ると黒猫が瓦礫の上に行儀よく座っていた。月明かりを頼りにあたりを見渡すと、こちらの瓦礫にも、あちらの瓦礫にも、おなじような黒猫がきちんと座っている。まだほんの子猫のちっちゃいのや、年ふりて貫禄も古傷もあるのや、色々だけれどみんな黒猫だった。猫たちは月光を背後に浴びながら、集会を開いているようでもあるけど、私をじっと凝視しているようでもあった。
『霊には時間の概念がないですから。いちばん先のあるものに力を貸したくなったんですよ』Aの言葉が私の頭の中を水のように流れ、私は「労働は全部私がやったんだけどね」と水に釘を刺しておいた。月と瓦礫と黒猫たちが、私たちをじっと見つめていた。

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三語「ゆう、れい、ごき」
結構前に書いてお蔵にしてあったやつです。読み返してみて、悪くはないのかなというかんじで。

Posted by kakimi at 2004年08月31日00時29分48秒 | コメント(0) | Trackback(0)