2004年08月06日21時23分11秒

『さくらもち』 [ 3分で読めるもの ]

 桜並木の坂を、カヤは登る。重い旅行鞄をガラガラと引きながら、ふうふう息を吐きながら登る。
 時折カヤは立ち止まり、満開の桜を仰いで不思議に思う。薄桃色の異国の花、どこかで見たような。
 カヤに幼い頃の記憶はないが、先生はこの国がカヤの生まれ故郷だと言っていた。たしかに空港からここに着くまで、道すがらに会う人はカヤと同じ黒髪に黒い瞳ばかりだった。その人達を見てもカヤはなんの感慨も抱かなかったけれど、はらはらと落ちてくる薄桃色の花びらを眺めていると、カヤの頭をついと横切るものがある。
 カヤはぶるんと頭を振った。今は用事を片付けなくちゃ。
 坂を登りきると、そこは公園だった。公園の周りも桜が満開で、薄桃色の霧に包まれているようだ。隅に小さな売店があり、店先のベンチに初老の男が腰掛けている。平日の午前中のせいか公園には男以外に人影はない。カヤはガラガラと旅行鞄を引きながら男に近づいていった。
「おや、お嬢ちゃんも一人でお花見かい」
 歩いてくるカヤを見留めた男が声をかけた。男はよれよれの肌着にステテコ姿で、おでんを肴にカップ酒をあおっていた。
「ええ、そんなとこかしら」
 年恰好に似合わず大人びた物言いをするカヤを、男はまじまじと見た。不釣合いに大きな旅行鞄に、何故か日傘が括り付けてある。
「旅行にでも行ってきたのかい? まあ座んなよ。重かったろう。おーい、この子に饅頭とソーダ水!」
 男は店の奥に声をかけ、横にいざって席を空けた。カヤは男の隣に腰掛け、ふうと一息ついた。
「今日、この国に着いたの」
「へぇ、そうかい。おじさんも昔海外で暮らしてたよ。仕事でさ。おっと来たね。おじさんのおごりだ。さあ、おあがり。ここのさくら餅は悪かあない味だよ」
――夏美、さくら餅おあがり。
 男の声に誰かの声が重なり、カヤはハッとした。男が差し出す皿にのせられた二つの桜色のお菓子。たしか幼い頃にもカヤは、誰かの膝に座って桜色のお菓子をもらった。顔は覚えていないけど、大人の男の人。
 カヤは何かを思い出しそうになり、胸が苦しくなってきた。男はそんなカヤの様子に気づかず、色々とお喋りをする。長いこと海外にいたけど、あたしゃ元々このへんの生まれでね。この公園でもよく三角ベースで野球やったもんだよ。
 カヤは黙って男のお喋りを聞いていた。人の話す声を聞いていると落ち着く。胸騒ぎもやんでいく。ひとしきり子供時代の話をした後、男は黙り込み、それからぽつりと呟いた「おじさんはね、人さらいの仕事をしてたんだよ」
 男の声のトーンが落ちたので、カヤは不思議そうに男を見る。
「色んな国の子供を攫って、その子達に悪いことをさせる会社にいたんだ。盗みをさせたり、人を殺させたり。あたしゃ嫌になって辞めちまったけど、あの子達はどうしてるんだろうなあ」
 男は遠い目つきで桜を仰ぐ。店の奥から店員のおばさんが出てきて「また嘘話をして。子供がおっかながるでしょ」と窘めた。おばさんは「ちょっと買出しに行ってくるから、河村さん、見ててもらえる?」と頼み、男は「いいよいいよ」と気軽に請合った。男はこの店の常連だと先生が言っていたのを、カヤは思い出した。
 おばさんが坂を降りて姿が見えなくなると、タイミング良くカヤの胸ポケットの携帯がバイブ音を震わせた。カヤが携帯を耳にあてると、機械で合成された女性の声が事務的に用件を伝える。
『目標との遭遇予定時刻です。状況が可能ならば処理を遂行してください。尚、可能ならば処理事項の復唱を。本部から奨励されています』
「目標と遭遇。処理は可能。復唱はしない」
 頭のスイッチがかちりと切り替わり、カヤは別人の声でそう言い、携帯を切った。呆気にとられている男を尻目にカヤは旅行鞄に括り付けた日傘の柄を掴み、引き抜いた。仕込まれた細い刀身がぬらりと現れ、カヤは両手で柄を握り、男の胸に深々と突き刺した。男の体が震え、咳き込んで血煙を吐く。
「しまった」
 カヤは叫んだ。即死に至る急所を微妙に外してしまった。今までこんな失敗なかったのに。もう一度、と刀を引き抜こうとするカヤの手を、男の節くれた手が抑えた。
「そうかい、お嬢ちゃんが『お迎え』だったのかい。あんたら子供達に殺されるならあたしゃ本望だけれど、あんたの罪を一つ増やしてしまったなあ。すまないなあ」
 男の顔は蒼白だったが、寂しい微笑を浮かべていた。血まみれの手で、カヤの白い頬を撫ぜた。
「すまなかったなあ。でも忘れないどくれ。花は綺麗だし、さくら餅は旨かったろう」
――夏美、桜が綺麗だね。
 鮮明に浮かぶ古い情景。お父さんの広い背中。肩車をされた幼いカヤは――夏美は、桜の枝に手を延ばそうとしていた。
 男は事切れ、夏美の肩に頭を預ける。夏美の瞼が熱くなり、頬をぬるいものが伝う。くしゃくしゃになって、夏美は泣く。買出しから戻ってきたおばさんが悲鳴をあげるのが聞こえる。
――――――――
電撃ショート3に応募して見事落選した作(^^;
お題は、たしか「奨励・ベース・さくら」だったはず。
出てきたので更新代わりに置いておきます

Posted by kakimi at 2004年08月06日21時23分11秒 | コメント(0) | Trackback(0)

2004年08月06日21時21分12秒

『蛇含草』 [ 3分で読めるもの ]

 気がつくと液化していたのである。昨日のこと、会社帰りにばったりと会った友人と居酒屋に寄り、その友人とは久しぶりに会ったのでついつい話が弾み、当然酒もすすみ、話が尽きても翌日が休みであるので酒ばかりはどんどんすすみ、途中で前後不覚に陥ったらしく、気がつくと友人宅のバスタブの中で朝を迎えていた。バスタブの中は液状となった私で三分の二くらい満たされている。「これはどうしたことだろう」バスタブを心配げに覗きこんでいる友人に、とにかくも聞いてみた。覚えてないの、と友人は聞き返してきたが、私が覚えているのは居酒屋で冷酒の追加を頼む時に「ぇいしゅほういっほん」と呂律のまわらないことを言って、ああ、まずいなあ、とおもったあたりまでだ。目の前のテーブルに冷酒のガラス瓶が林立していたのは覚えている。「あんた、あの店を出てからさ、気持悪いぃとか言って漢方の店に入ったんだよ。で、店主のおじさんにさ、お腹がぱんぱんで重い、なんでもいいからすっとするやつ寄越せぇって怒鳴ってさ。ありゃあ悪い酒だよ、ひどい絡み方だった。そしたら、おじさんが店の奥から黄金色した液体の入った小瓶もってきてさ、なんかちっちゃい蛇やら蜥蜴やら朝鮮人参みたいな根っこやらが底に沈んでいる気持悪い薬酒なんだけどさ、あんた一息にぐいいいと飲んじゃった。飲み終わったとたんに、あんた、ばしゃあってかんじで水になっちゃったのよ」ウウム全然覚えていない、と私が言うと、友人はハアと溜息をついて「そのあとあんたは液体化しているのに『ああ、楽になった楽になった』とか呑気なこと言ってるしさ、店主は『用量が多すぎだ。服用量は瓶のラベルに書いてあるだろ。私はしらんよ』みたいなこと言って逃げるしさ。しょうがないから雑巾であんたを拭き取ってポリバケツに絞り入れて、水がたぷんたぷんしてる何十キロものポリバケツを背負って帰ったんだよ。電車では変な目で見られるし、あんたは『あはは、もう一軒〜』とかバケツの中から陽気な声をあげるしさ、ほんと、ドブ川にでも流してやろうかとおもった」と一気にまくし立てた。ウウム、かなり怒っている。私はとりあえず、こめんなさい、もうけっして悪酔いはしません、と誓っておいた。どうだか、という友人の冷たい視線を浴びながらも、ともかくもどうしよう、と対策を練ることになった。
「自分で形はとれないの?」
「できなくもないけど」
 私は右手に意識を集中した。ハタから見ると私はどこがどこだかわからない液体であるのだが、ちゃんと自分の感覚としては、ここが右手、ここが左足、ここはこめかみあたり、と以前の肉体の各部位に液体を分けることができる。もっとも足の裏が頭の上にあったり、耳の横にへそがあったり、顎の下に左手の中指と薬指だけがあったりと、ややこしいのではあるが。とにかく右手に意識を凝らすと、右手であった液体たちは次第に一箇所に集まりはじめ、以前の形を取りはじめ、バスタブに満たされた液体の一部が盛り上がって、水できた右腕となった。しかし……
「ぷはっ」私は長いこと水中で息を止めていた人のように大きく息をはいた。その途端、右手は形をうしない、ばしゃりと元の液体に戻ってしまった「これ、相当集中力がいるんだよね」
「うーん、鋳型にでも入れて焼いてみようか」
「私はワッフルじゃないよ」
 なんだかんだと相談の末、ゴム製のウエットスーツを着用することにした。それならとりあえず形は保てるし。まあ、別にいいんだけど、海中でもあるまいにウエットスーツを着て電車の吊革につかまり出勤、というのはかなり恥ずかしい。これからは飲み過ぎないようにしなくては、と少しだけ反省した。
――――――――
三語(一行)「けつ えき がた」
なんか最近文章のリズムが悪いなあ、と思っていて、どうもムリに一行で書こうとしているからじゃないかとこれを書いてて気づきました。いや、気のせいかもしれないけど^^;
というわけで後半改行してます

Posted by kakimi at 2004年08月06日21時21分12秒 | コメント(0) | Trackback(0)