2004年07月31日00時03分04秒

『古都の女』 [ 3分で読めるもの ]

 高山市に観光に来るのはこれで八度目だ。黒板塀の民家が続く趣きのある古都であるのだが、さすがに八度目ともなると飽きるというか、古式ゆかしそうな民家の内は実は商家であり住人は観光客からどうにか金を掠めようとしている抜け目ない商人であることにいい加減にうんざりしているというか、人が多すぎて風情もなにもないというか、とにかくたいして期待することもなく、東京から来た友人たちのお供をしながらフスマ団子と甘々棒を買い込んで五平餅を食べるのが今回の私の楽しみであった。ちなみにフスマ団子というのはキナコと水飴を練って団子にしたもので、甘々棒はキナコと水飴を練って棒状にしたものである。違いは形状以外にないように思われるのだけれど、不思議と食感が違うと同系列の別の食べ物のようであり、そう思うのは気のせいかもしれないけれどとりあえず両方買ってしまう。友人たちがネコグッズの店で溜まっているので、私はそそくさと一軒の土産物屋に入り、フスマ団子と甘々棒を三袋ずつ買った。ああ、あとは五平餅を食べるだけか、あ、そうだ、栃の実煎餅も買わなくちゃ、などと考えていると、地味な茶の着物を着た女が試食のお菓子を食べているのに、目が留まった。髪を結い上げて白粉を塗り、薄紅をさしている女である。女は試食の透明容器から菓子を掴みだしては、ひょいぱくひょいぱくと食べている。容器が空になると次の試食の容器に移り、、またひょいぱくひょいぱくとすごい勢いで食べる。なんか変な女だな、とじっと見ていると、女もこちらに気づき、白粉べったりの顔でにいぃと私に笑いかけた。口の中は真っ黒で、今時お歯黒をしているのだ。私はなんだかあぶなそうな気がしたので視線をそらして店を出たのだが、女はにこにこしながら私の後ろをついてくる。「あら、お逃げにならくても。取って食いやしませんよ」と後ろから女が声をかけてきた。「今は腹もくちくなっているし」と女は付け加えた。私はどうしよう、と迷ったが、しかし変な女を引き連れて友人たちと合流するわけにもいかないしと思い、振り向いて「何の用でしょう」と毅然とした態度で女に聞いた。女は袂を口元にやりホホと笑いながら「いえね、ずいぶんとお暇そうではありませんか。ひとつおもしろいものでもお見せしようかってね」「おもしろい?」「まあ、ごらんなさいな」女は側にあった土産物屋に寄り、店頭に並べられた飛騨駄菓子や漬物やアマゴの甘露煮の袋を手に取って、袋のままひょいぱくひょいぱくと食べ始めた。食べるというより飲み込むと言ったほうがいいか。女の口は顎がはずれたように顔の長さの倍に伸び、縦長の空洞に菓子や漬物の袋が次々と飲み込まれていく。店頭の商品はどんどん無くなっていき、しかし店の者は誰も咎めない。いやどうも女は見えないようだ。女といえば菓子や漬物を飲み込むたびに、体がどんどん大きくなっていった。その店の店頭の食べ物を食い尽くすと、女は反対側の土産物屋に寄って同じように店頭の食べ物を次々と食べる。黒板塀の続く通りは狭い道の両側に土産物屋が建ち並んでいるので、女が食べるものには事欠かない。女はどんどん、ずんずん大きくなり、やがて私が見上げてもその顔が上空のどのあたりにあるのかわからないほどになった。女もあまり大きくなりすぎて地上のどのあたりに菓子袋や漬物袋があるのかわからないらしく、私に放り投げてくれと頼み、私もなんだか面白くなって土産物屋の菓子袋や漬物袋を次々と空に放り投げてやった。しばらくそうやって遊んでいたのだが、ふいに空の高みから女の割れ鐘のような声が響いた。「ちっと食いすぎた。これじゃあ不便だから戻すとするよ。なにに戻したらいいかね」私は考えて、フスマ団子と甘々棒がいい、と空に向かって大声で言った。すると目の前にあった何百年の巨木のような女の胴体はふっと消え、代わりに空からばらばらとフスマ団子と甘々棒が降ってきた。うわあ、と私は狂喜しながら、そういえば栃の実煎餅を頼み忘れた、とおもった。

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三語一行「いん すま うす」
後半勢いが乗って思わず……「いん」を忘れました(−−;

Posted by kakimi at 2004年07月31日00時03分04秒 | コメント(0) | Trackback(0)