2004年07月06日23時58分06秒

『ハナ子さんのバター』 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

 私は、とてもバターが好きだ。好きという軽い言葉では言い表せぬ、むしろ、愛して止まない、いや、バターと出会うためにこの世に生をうけた、そのくらい言っても全然過言じゃない。朝起きると、まず、いそいそと地下室の食糧庫に向かう。バターを保存しておくために作った地下倉庫である。冷蔵庫では駄目なのだ。冷蔵庫は、あまりにバターをカチンカチンに、ひどく冷たい奴にしてしまう。常温で冷温、こうでなくてはならない。トーストに氷の破片のようなバターをねじくるのは、私にはどうも我慢できない。食糧庫の棚から、「札幌市山田農家方、ジャージー牛、命名ハナ子」とラベルされたバターの大瓶を取り出し、台所で食パンに塗ったり、ほうれん草のバター炒めやバター入りオムレツを作りながら、『ああ、今晩はあさりのバター炒めにしようかな』などと考えていると、勝手口をドンドンと叩くものがあり、開けてみると、立派な体格の雌牛がドアに頭突きをしていたのであった。
「サッポロの山田農場から来ました。ハナ子と申します」雌牛は首の大きな鈴をカランコロンと鳴らしながらお辞儀をした。
 私は件のバターの生産者であるところのハナ子さんであると知り、狂喜した。
「あなたがハナ子さんですか! わ、わ、えーと! あの、サインください!」
「サインはともかく、落ち着いてください。きょうはお願いがあってきました」
 ハナ子さんが神妙な顔でそう言うので、私も、ちょっと気を落ち着けて「お願い? なんでしょう? なんでも聞きます」と伺った。ハナ子さんは私の神様みたいな方であるから、むろん、聞かねばならない。
「あなた、注文多すぎです。おかげで毎日絞られてお乳は痛いし、末の娘にまわす分がなくて、娘は随分とひもじい思いをしてるのですよ」
「はあ……そうでしたか」私は、意気消沈してしまった。大ファンのハナ子さんに迷惑かけていたとは。注文するのはよかれと思っていたのだけれど。しかし、ハナ子さんのバターを食べるのを抑えるというのは、かなり苦しい。ああ、相当、みすぼらしい生活になってしまうだろう……
「まあ、お得意さんに苦難を強いるのも、あれですし。私のバターのようなものを代わりに送ろうと思います」
「ようなもの?」
「今度送ります。お楽しみに」そう言って、私のTシャツの背中にサインだけしてハナ子さんは帰って行った。後日、宅配で山田農場からバターの大瓶が届いた。いや、実のところバターではなく、中身は蝋細工なのだが。『食品サンプルを作る会社に頼んで、蝋で私のバターそっくりのものを作ってもらいました。色合いや艶やかな感じはそっくりではないかと思います』とハナ子さんの書状も付け加えてあった。私は、しばらく蝋細工のバターの大瓶を眺めながら、白御飯を食べる毎日が続いた。

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三語一行「たな ばた のよ」
三語は書きながらオチを考えるんですけど、オチが見つからないと、ウロウロと長文化^^;
この話は結局見つからず、落語で逃げるという……(−−;

Posted by kakimi at 2004年07月06日23時58分06秒 | コメント(0) | Trackback(0)

2004年07月06日00時09分10秒

『山椒魚細君』 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

 山椒魚と姻戚関係を結んで、半年になる。誤解をしてほしくないのだが、わが妻は山椒魚と人間の血が混じりあってから二十一代目である。我が子が生まれれば二十二代目になる。我が妻は、見た目も人とほとんど変わらぬ、ぬめぬめとした背中のぬめりと、ちょっと尾てい骨が伸びたような尻尾があるのみだ。和装の妻は、浴衣の裾からヒョロリと伸びた尻尾をちょいちょい振りながら、団扇を持って私と夏祭りにでかけた。綿菓子を買い、焼きそばを頬張り、金魚すくいで一匹もとれず、お情けでもらった死にかけの金魚を水で膨らんだビニール袋で提げながら、私たちはある占いの屋台で立ち止まった。「占いの末、過去世を切る」とダンボールの立て札に書いてある。妻は興味津々で、占いの老婆に尋ねた「尻尾と、背中のぬめりもとれるのかしらん」「おやすい御用さね」老婆はそう言って、小さな壷を取り出し、中身の岩塩をひとつまみ、妻のふりふりとしている尻尾に振りかけた。塩をかけられた尻尾は、なめくじのように小さく縮み、やがて消えてしまった。「ああ! じゃあ、じゃあ背中のぬめりもとれるのね!」妻は嬉々として、浴衣の襟をずらして、老婆に向けた。私は妻の行動を意外に思い、「別にぬめりぐらいいいじゃないか」と言ったのだけれど、妻は「ぬめってる私にしかわかりません!」と怒ったように答えるのだった。占いの老婆は、壷から塩を一掴みして、妻のはだけた背中に一閃した。私は、妻が溶けて亡くなるんじゃないか、と思わず目を瞑った。目をあけると、妻は溶けずにそこにいて、背中のぬめぬめも、指で擦ってみるとキュッキュッと心地良い摩擦の音がして、すっかり消えているようだ。妻は喜んでいるし、まあ良かったのかな、と思い、占いの老婆に大目の札を渡して帰った。しかし、帰ってから妻は「背中がいやに乾く」と言って早々に寝込んでしまった。翌朝、妻はすっかりよくなっていたようだが、昨日の屋台の出来事も何故か忘れていた。それどころか、妻の父母も、兄弟も、親戚縁者すべてが、山椒魚であったことをわすれており、事実見た目も尻尾や背中のぬめりのないものに皆なってしまっていた。私といえば、それで構わぬはずなのに、どうにも納得がいかないようで、自分の背中にサラダ油を塗り、外出時にはボール紙で作った尻尾をくくりつけて出かける。妻は「なにそれ? ばかばかしい」と言うのみである。

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三語一行「さん いん せん」
オチを探してウロウロした挙句の長文化^^;

Posted by kakimi at 2004年07月06日00時09分10秒 | コメント(0) | Trackback(0)