2004年08月31日00時29分48秒

『月下の世界』 [ 3分で読めるもの ]

 有終の美というでしょう、それを飾りにきました。夜中に私の枕元に立ったAはにこやかな顔でそう言った。Aは三日前に交通事故で亡くなっており、なんでも道路に駆け出した子猫を避けようとハンドルをきった乗用車に下半身を潰されたそうで、たしかに今目の前にいるAは下半身が空き缶をペシャンコにしたように潰れているのだが、なにがわからないって大して親しくもない私の枕元に立っている理由がわからない。
「それは、まあ、あれですよ。親しい人のところに出たら、その人悩むじゃないですか。私の用は些細なことなので、あなたくらいの他人が後腐れなくていいんですよ」
 なんだか失礼な物言いのような気がするけど、まあいい。
「で、有終の美って」
「ええ、私は子猫の身代わりで死んだわけですが。せっかくなので子猫がその後も生き延びて、私の代わりに子々孫々を残している姿が見たいと思いましてね。もし子猫一族に苦難が生じれば、除いてやろうかと」
 ……ちょっと、待った。
「子猫が子々孫々を残すって、少なくとも半年くらいかかるんじゃないの。それまで私にとりつく気?」
「いえ、霊に時間の概念は当てはまりません。飛ぼうと思えばすぐさま子猫が成猫になって一家を構えている時に飛べます。あとは、あちらに飛んだ時に借りる肉体がないことです。そこで、あなたに一緒に飛んでもらおうと」
「飛んでから借りれば」
「いえ、半年後だと、あなたくらいの他人は私のこと忘れてます。私が死んだ直後くらいじゃないと同調しないんですよね」
 なんだかあちらの都合ばかり押し付けられているような気がするが、まあ、どうでもいいかと私は承諾した。それでは、とAは私の顔に向こうの透ける映像の粗い顔を近づけ、私の身体に一気にダイブした。質量を持つ私の身体と持たないAの身体が重なりあい、A言うところの同調したらしく、頭の中に『では飛びますね』というAの声が響いた。
 私の意識は暗転し、夢の中でマンモスだの丁髷をしたお侍だのを見たような気がするが、目が覚めてみると見知らぬ路地裏に立ちつくしていた。にゃーお、という鳴き声に振り向くと、どこかの店の裏口に置かれたポリバケツの傍らに、黒猫が一匹行儀よく座っている。
『あれが子猫の成長した姿です』Aが頭の中で解説する。鎮座する黒猫の背後でミャオミャオと黄色くやかましく輪唱する声があり、周りこんで覗いてみるとポリバケツの後ろにミカン箱があって、目の開けきらぬ子猫たちが五、六匹くんずほぐれつ上になったり下になったりしてお手玉のように一山になっていた。子猫の一山が入っているミカン箱には汚い毛布が敷かれており、おそらく店の人が用意したのだろう、それゆえに黒猫も人慣れして私が近づいても警戒しない。
「で、どうするの」
『もうすぐドブネズミが来ます。ここいらのは栄養豊富なのか、一メートルくらいあります。猫でも負けてしまうほどなんですね。子猫たちはいい餌というわけです』
「ああ、聞いたことあるなぁ。で?」
「お願いします」
「は?」
 路地裏の暗がりに、二つならんだ光がいくつもいくつもあらわれた。私は「ちょっと! おい!」とAに呼びかけるが、頭の中のAはだんまりを決め込んでいる。私は逃げ出そうと思ったが、ミャアミャアと子猫たちは無心に鳴いている。黒猫は暗がりに向かってフウウと威嚇の唸りをあげて毛を逆立てている。くっそう、と呟きながら、私は手近にあった竹箒に手をのばした。

 それから私たちは、黒猫一家が危機に直面する場面に次々と飛んだ。よちよちと歩き出した子猫が表の交通量のはげしい道路に飛び出そうとするのを寸でで抱え上げ、私が車にはねられそうになったり、保健所の人が回収に来て「私が飼い主です」と言ってみたものの「身分証をみせて」と言われて免許証を見せたら更新が切れていて疑われたり、とにかく大変だった。私ばかりが。Aは指示をだすだけで、ここぞという時はだんまりである。なんだか「勝手呆け」という言葉を思いだした。
 ともかく成長した子猫の一匹が側溝に落ちているのを助け出したところで、Aは「これでめぼしい危難は全部回避されました」と宣言し、ようやく任務が終了した。「これで、おしまい?」側溝に落ちた子猫を抱え上げたせいで泥だらけになった顔を袖で拭いながら、私はほっと安堵した。「ええ、ありがとうございました。せっかくだから、もう一回飛んでみますか? まあ、ご褒美というか」
 ご褒美?  聞き返す間もなく、私の意識は暗転し、気がつくと瓦礫ばかりの廃墟に立っていた。コンクリートの瓦礫の山が等間隔に積み上げられており、かつては道であったらしきものがそれらを縦横に走っている。どうも先ほどまで居た猫のねぐら周辺の繁華街の跡らしい。あたりは真っ暗で、見おろす満月ばかりが煌々と終わってしまった世界を照らしだしていた。にゃーお、と瓦礫の一角から声がした。振り返ると黒猫が瓦礫の上に行儀よく座っていた。月明かりを頼りにあたりを見渡すと、こちらの瓦礫にも、あちらの瓦礫にも、おなじような黒猫がきちんと座っている。まだほんの子猫のちっちゃいのや、年ふりて貫禄も古傷もあるのや、色々だけれどみんな黒猫だった。猫たちは月光を背後に浴びながら、集会を開いているようでもあるけど、私をじっと凝視しているようでもあった。
『霊には時間の概念がないですから。いちばん先のあるものに力を貸したくなったんですよ』Aの言葉が私の頭の中を水のように流れ、私は「労働は全部私がやったんだけどね」と水に釘を刺しておいた。月と瓦礫と黒猫たちが、私たちをじっと見つめていた。

――――――
三語「ゆう、れい、ごき」
結構前に書いてお蔵にしてあったやつです。読み返してみて、悪くはないのかなというかんじで。

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2004年08月12日22時04分01秒

『シゲじいの砲塔』 [ 3分で読めるもの ]

 いつも遊んでいる友達連中との話の中で、木彫りの像に命は宿るのかという疑問がでて、木はどこまでいっても木だろうという意見がでるなかで、知ったかぶりのヨウスケがさも本当のことのように胸をそらして言った「形があるところに命は宿るのさ。タマシイは空のそこここを浮遊していて、自分に一番あった形を見つけるとそこに入りこむ。仏像やキリスト像をわざわざ作るのは、仏様やキリストがああいう形をお好みなのさ」
 なんだか説得力があるので、ぼくらがそうなのかなぁ、と頷いたり首を捻ったりしていると、いつもは意見をしないで隅っこのほうでおとなしくしているフクシがちょっとどもりながら意見した「で、でもね、ヘンな形のものにもタマシイは宿るのかなぁ。ほ、ほら、シゲじいの砲塔、あ、あれに宿るタマシイって、ないとおもうの」
 シゲじいというのは先の大戦で殊勲をあげたのが唯一の自慢である身寄りのない爺さんで、先の大戦がもう三十年も前だというのにいまだにその話を会う人会う人に自慢していて、結局それしかない爺さんなのでぼくらにも馬鹿にされているような人なんだけど、最近は呆けてもいるらしくちょっと可哀想かな、てぼくはひっそりと思っている。シゲじいはぼくらの村を見おろす禿山のてっぺんに小屋を建てて住んでいて、禿山のてっぺんの岩石を削って砲塔を彫りだそうとしていた。なんでそんなことをするのかわからないけど、シゲじいは大戦のときに城砦を守る砲兵であったそうだからそれを懐かしんでいるんだろう。ただ、岩石を彫って姿を現した砲塔は村のほうを向いていてちょっと油断がならないかんじだ。
 ともかくぼくらは、砲塔にタマシイが宿ったのかどうか真相を究明しよう、と禿山を登った。砲塔にタマシイ、てなんだろう。砲塔は砲塔じゃないのかな、元々命なんてないし。そんなことを思いながら。
 禿山の頂上に着くと、安い木板で作った粗末な小屋にはシゲじいは居ず、崖のほうに回りこんでみると、やっぱり崖の斜面に彫られた砲塔にシゲじいは居て、ノミで細部を彫り上げていた。
 おーい、と一声かけて、ぼくらはお尻をついて崖を滑り降り、砲塔にしがみついてるシゲじいの側に着いた。
「シゲじい、砲塔に命はあるかい? あるだろう。形に命は宿るからね。あそこの教会のてっぺんの十字架をぶっ放してくれよ」
 ヨウスケは村の中心にある、村でも一番背の高い建物である教会の屋根を指差した。教会の頂上で、偉そうに村を見下ろしている十字架を砲弾が粉々にしたらさぞかし愉快だろう。でもヨウスケの口元には薄笑いが浮かんでいて、自分で言ったことをあまり信じていないようだ。
 シゲじいはノミを使う手を止めてぼくらのほうをジロリと睨み、「切り人をぶっ放してどうするか」と吐き捨てた。「そんなもん、なんの益もない。切り人は人を救わんかったけど、じゃからと言ってぶっ放せば戦争が終わるか」どうもシゲじいの頭のなかでは戦争は終わってないらしい。ヨウスケをはじめ友達たちはクスクスと忍び笑いをした。
 ぼくはなにかその小馬鹿にした笑いが癇に障って、でも友達らに文句を言うのも躊躇われて、しょうがないのでシゲじいに聞いてみた。
「じゃあ、なんのために砲塔を彫っているの」シゲじいは今度は振り返らず、砲塔にノミを振るいながらぽつぽつと話し始めた。
「そりゃあ、こいつが戦友だからじゃ。こいつと儂は城砦を守るために必死に戦った。敵が来ると儂が砲弾を込め、火薬を注いで撃鉄をおこすレバーを懸命に引いた。あれは重くて引くのが大変じゃった。それを何度も何度も繰り返した。こいつも儂が込めた砲弾を懸命に敵に向けてぶっ放した。内側を火薬の熱で焼かれて、さぞかし熱かったろう。砲弾をぶっ放すときの震動はかなりこたえただろう。でもこいつは懸命に、正確に砲弾を敵地に送り出してくれた。何度も何度もじゃ。敵のこない日は、儂はこいつを磨いてやり、砲身の内の煤をはらってやった。それと色々な話をしてやった。戦争のことでない、村のお祭りやら町方のほうの市場の賑わいやら、そんな話をな。こいつはウンウンと興味深げに聞いていたよ。一度見たいなあ、とも言っとった。なに? 砲塔が喋るか? お前らはいま形あるものに命は宿ると言っておったろう。宿るのじゃ。あいつは兵器として生まれたが、宿ったタマシイは実直で優しいタマシイじゃった。なんで優しいタマシイなんぞ宿ったんじゃろうな。戦場には無用のものじゃ。自分の頭の上に雲雀が巣を作ってな、儂が除いてやろうとしたら、別に構わんと言う。雛のピーピー鳴く声はむしろ心地よいなんてな。そんなやつじゃった。ああ? あいつがどうしたかって? 死んだよ。壊れた、というのかな。敵の大攻勢があってな、むこうの戦車の砲弾が儂ら目がけて飛来した。あいつはいつもは儂の操縦するに任せているのに、そのときばかりは自分で回転した。右に回転して左の腹を飛んでくる砲弾にむけた。雲雀の巣は右のほうにあったし、回転したおかげで儂は砲塔の外に素っ飛ばされたしな。おかげで儂も巣の雛たちも助かったが、あいつはもう物が言えんようになった。左のどてっ腹に大穴が空いて砲身も曲がり、儂はたしかにあいつのタマシイが抜け出して空に昇っていくのを見た。ぶっ壊れて煙が立っているようにも見えたけど、あれはたしかにあいつのタマシイじゃ」
 ぼくらは、いつのまにか皆無言で聞いていた。ヨウスケも黙ってしまったし、フクシは元々黙っていた。お、とシゲじいは青く澄みきった空を仰ぎ、懐かしそうな顔をした「ようやくあいつがこの型をみつけたようじゃ。ふわふわ、いままでどこをほっつき歩いとったんじゃろうな」
 白いけむりのようなものが空の青から線を引いて砲塔の彫像に吸い込まれた。岩石でできた砲塔がギシギシといいながら砲身を上に向ける。狙うは、教会の十字架よりも高い、どこまでも青がつづく空。ずん、と足元を揺らして、砲塔が火を噴いた。群青色に塗りたくった空に、白い花が咲く。シゲじいがきっと語って聞かせたのだろう、あれはたしかにお祭りの花火のようだ。

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三語(一行)「ほう きぼ しっ」
「命・タマシイ」「あいつ・こいつ」など表記に統一感がないのですが、書いたばかりだとどうも直す気がおきないので(めんどくさい^^;?)、そのままあげときます。

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2004年08月11日23時48分40秒

戸棚まんが(2) [ 読んだり聴いたり見たり ]

 昨日書いた三語は長い上になんだかまとまりがなくて「どうなのそれ」という頭脳内意見が多数を占めたので、多数決にしたがい今日はまんがの話でお茶を濁します。

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五十嵐大介/そらトびタマシイ・はなしっぱなし

寡筆な方です。よくわからない話を描く方です。異様に絵の巧い方です。
……と、それだけじゃああれか^^;。
私もよく考えると意味のわからない話(考えなくても意味のわからない・考えても考えても意味のわからない 笑)を書きますが、この人も相当わからない話を描いています。「空とビ」はそうでもないですけど、「はなしっぱなし」はなんだろう、というのが多いですね。
 肩を並べるようで非常に恐縮なのですが、私事で話させてもらえばよくわからない話に説得力を持たせる、というのはタイヘンだぁ、といつも思います。このあたり天邪鬼なのかもしれませんが、はっきりと結論の出るものは書きたくない。さりとて不条理と言われるのはイヤなんですね。条理のないものというのは誰でも書けると思うんですよ。それこそものの五分で。落書きと変わらないんじゃないか、と思ってしまいます。
 で、曖昧だけど何か条理があるようなものがいいなぁ、と考えて、結局説得力のあるものがいいな、という結論にいたります。よくわからないけど説得力だけはある、という(詐欺の手口ですね ^^;)
 と、まあ私はどう読み手を詐欺る……いえ説得するかで色々頭を悩ませるわけですが(まあ、アタマで遊んでいると言えますが^^;)、五十嵐さんの場合は物書きにはない強力な武器がありますね。むろん、絵です。
 一度拝見していただけるとわかるのですが、氏は絵が異様に巧いです。まんがというより絵画を勉強した方の絵かな、というかんじです。この絵の力で、よくわからない話に説得力を与えてしまいます。うーん、ちょっと羨ましいなぁ(笑)
 ちなみに好悪で言うと、私は「そらトび」のほうが好きです。これに出てくる「イヌと融合した女の子」は必見かな、と。あと、結構「日本土着的民話風正体不明作品」を多くものしているので、そういうのが好きな人にもお勧めかな、と思います。

――――――
内田善美/草迷宮・草空間

 えー、今回はタイトル通りに「戸棚にしまっておいて、忘れた頃にひょいと見つかって、読んでみるとああ良かった」と思うまんがの紹介なんですが……ほんとにこの本仕舞いこまれて見つからない(笑)
 なので覚えてる範囲と、あとは想像で補って(笑)紹介しますと、主人公が日本人形を拾ったらソレが動き出し、「ねこ」と名付けて共同生活をしていく、そんな話です(って、よくわからないですね ^^;)
 これも私の好きな異界モノかなあ、と思います。「ねこ」は元気にはしゃいで人間の女の子みたいなんですけど、主人公の草が存在を疑いだすとタダの人形に戻ってしまいます。そういう存在なのです。この作品は「ねこ」が動く人形のまま未完で終わってますが、物語中に「夢が覚めて元の人形に戻ってしまう」という仕込みがされています。いつかは戻ってしまうのか、戻ってしまうんだろうか、そんなことを考えると私の頭の中のある部分を刺激されてしまうんですね。あとは覚えてないんですが(笑)、ひとつ印象的なシーンがありました。草と「ねこ」が草原かなにかの広い空間で、降りしきる雨を眺めるシーン。雨が降っているのに光に溢れていて、光に包まれた眩い雨の情景を見ていると涙が出てきたような気がします。泣いたら負けですね、うん、負けました。

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2004年08月07日22時41分27秒

一緒でいいの? [ 日記とか ]

 車を運転中にヘンな看板を見ました。
 県道沿いの黄色い大きな看板に
「三市一町合併反対! 核の町と一緒になっていいの?」
 なんでかしらん大爆笑してしまいました^^; 
 家からは遠い所で合併やら核やらの事情は知らないんですけど、なんか突発的に声をだして笑ってしまった(笑) なんでだろ?
 どうも後半の「〜一緒になっていいの?」が笑いのツボのようなので、ちょっと言葉を変えて考えました(こういうことやってるから信号無視するんですよね^^;)。

「核の町」を名所旧跡・地場産業などと捉えると
「山車と蔵の町と一緒になっていいの?」
 別になればいいじゃん
「世界シェアを誇る刃物の町と一緒になっていいの?」
 むしろなったほうが……

 どうも外聞の悪いものを入れたほうが良さそうです。合併しなくても原発(かなんか知りませんけど^^;)の事故がおこったときに漏れ出した放射能クンが「あ、ここからは隣町だから行くのよしとこ」とは思わないと予想されるので、なんでいけないことなのかよくわからないんですが、きっと核は外聞が悪いのでしょう。そうすると……
「失業率が十パーセントを超える町と一緒になっていいの?」
 別にいいような気がするなあ。ああ、でも財政が悪そうかな。んでも核の町は財政悪くないだろうし。
 もっと「町」にこだわらないようにしてみよう。

「津村さん家の良行くん、塾行かないからあんな成績なのよ。いいから塾に行きなさい。あんたも良行くんと一緒になっていいの?」
 別に良行くんは関係ないような……
「ゆみってば、あんな禿げのおじさんと一緒になっていいの?」
 大きなお世話!!!

 あ、そうか、大きなお世話なんだ。いい年した大人が堂々と失礼な発言をしているので笑ってしまったようです^^;

Posted by kakimi at 2004年08月07日22時41分27秒 | コメント(0) | Trackback(0)

2004年08月06日21時23分11秒

『さくらもち』 [ 3分で読めるもの ]

 桜並木の坂を、カヤは登る。重い旅行鞄をガラガラと引きながら、ふうふう息を吐きながら登る。
 時折カヤは立ち止まり、満開の桜を仰いで不思議に思う。薄桃色の異国の花、どこかで見たような。
 カヤに幼い頃の記憶はないが、先生はこの国がカヤの生まれ故郷だと言っていた。たしかに空港からここに着くまで、道すがらに会う人はカヤと同じ黒髪に黒い瞳ばかりだった。その人達を見てもカヤはなんの感慨も抱かなかったけれど、はらはらと落ちてくる薄桃色の花びらを眺めていると、カヤの頭をついと横切るものがある。
 カヤはぶるんと頭を振った。今は用事を片付けなくちゃ。
 坂を登りきると、そこは公園だった。公園の周りも桜が満開で、薄桃色の霧に包まれているようだ。隅に小さな売店があり、店先のベンチに初老の男が腰掛けている。平日の午前中のせいか公園には男以外に人影はない。カヤはガラガラと旅行鞄を引きながら男に近づいていった。
「おや、お嬢ちゃんも一人でお花見かい」
 歩いてくるカヤを見留めた男が声をかけた。男はよれよれの肌着にステテコ姿で、おでんを肴にカップ酒をあおっていた。
「ええ、そんなとこかしら」
 年恰好に似合わず大人びた物言いをするカヤを、男はまじまじと見た。不釣合いに大きな旅行鞄に、何故か日傘が括り付けてある。
「旅行にでも行ってきたのかい? まあ座んなよ。重かったろう。おーい、この子に饅頭とソーダ水!」
 男は店の奥に声をかけ、横にいざって席を空けた。カヤは男の隣に腰掛け、ふうと一息ついた。
「今日、この国に着いたの」
「へぇ、そうかい。おじさんも昔海外で暮らしてたよ。仕事でさ。おっと来たね。おじさんのおごりだ。さあ、おあがり。ここのさくら餅は悪かあない味だよ」
――夏美、さくら餅おあがり。
 男の声に誰かの声が重なり、カヤはハッとした。男が差し出す皿にのせられた二つの桜色のお菓子。たしか幼い頃にもカヤは、誰かの膝に座って桜色のお菓子をもらった。顔は覚えていないけど、大人の男の人。
 カヤは何かを思い出しそうになり、胸が苦しくなってきた。男はそんなカヤの様子に気づかず、色々とお喋りをする。長いこと海外にいたけど、あたしゃ元々このへんの生まれでね。この公園でもよく三角ベースで野球やったもんだよ。
 カヤは黙って男のお喋りを聞いていた。人の話す声を聞いていると落ち着く。胸騒ぎもやんでいく。ひとしきり子供時代の話をした後、男は黙り込み、それからぽつりと呟いた「おじさんはね、人さらいの仕事をしてたんだよ」
 男の声のトーンが落ちたので、カヤは不思議そうに男を見る。
「色んな国の子供を攫って、その子達に悪いことをさせる会社にいたんだ。盗みをさせたり、人を殺させたり。あたしゃ嫌になって辞めちまったけど、あの子達はどうしてるんだろうなあ」
 男は遠い目つきで桜を仰ぐ。店の奥から店員のおばさんが出てきて「また嘘話をして。子供がおっかながるでしょ」と窘めた。おばさんは「ちょっと買出しに行ってくるから、河村さん、見ててもらえる?」と頼み、男は「いいよいいよ」と気軽に請合った。男はこの店の常連だと先生が言っていたのを、カヤは思い出した。
 おばさんが坂を降りて姿が見えなくなると、タイミング良くカヤの胸ポケットの携帯がバイブ音を震わせた。カヤが携帯を耳にあてると、機械で合成された女性の声が事務的に用件を伝える。
『目標との遭遇予定時刻です。状況が可能ならば処理を遂行してください。尚、可能ならば処理事項の復唱を。本部から奨励されています』
「目標と遭遇。処理は可能。復唱はしない」
 頭のスイッチがかちりと切り替わり、カヤは別人の声でそう言い、携帯を切った。呆気にとられている男を尻目にカヤは旅行鞄に括り付けた日傘の柄を掴み、引き抜いた。仕込まれた細い刀身がぬらりと現れ、カヤは両手で柄を握り、男の胸に深々と突き刺した。男の体が震え、咳き込んで血煙を吐く。
「しまった」
 カヤは叫んだ。即死に至る急所を微妙に外してしまった。今までこんな失敗なかったのに。もう一度、と刀を引き抜こうとするカヤの手を、男の節くれた手が抑えた。
「そうかい、お嬢ちゃんが『お迎え』だったのかい。あんたら子供達に殺されるならあたしゃ本望だけれど、あんたの罪を一つ増やしてしまったなあ。すまないなあ」
 男の顔は蒼白だったが、寂しい微笑を浮かべていた。血まみれの手で、カヤの白い頬を撫ぜた。
「すまなかったなあ。でも忘れないどくれ。花は綺麗だし、さくら餅は旨かったろう」
――夏美、桜が綺麗だね。
 鮮明に浮かぶ古い情景。お父さんの広い背中。肩車をされた幼いカヤは――夏美は、桜の枝に手を延ばそうとしていた。
 男は事切れ、夏美の肩に頭を預ける。夏美の瞼が熱くなり、頬をぬるいものが伝う。くしゃくしゃになって、夏美は泣く。買出しから戻ってきたおばさんが悲鳴をあげるのが聞こえる。
――――――――
電撃ショート3に応募して見事落選した作(^^;
お題は、たしか「奨励・ベース・さくら」だったはず。
出てきたので更新代わりに置いておきます

Posted by kakimi at 2004年08月06日21時23分11秒 | コメント(0) | Trackback(0)

2004年08月06日21時21分12秒

『蛇含草』 [ 3分で読めるもの ]

 気がつくと液化していたのである。昨日のこと、会社帰りにばったりと会った友人と居酒屋に寄り、その友人とは久しぶりに会ったのでついつい話が弾み、当然酒もすすみ、話が尽きても翌日が休みであるので酒ばかりはどんどんすすみ、途中で前後不覚に陥ったらしく、気がつくと友人宅のバスタブの中で朝を迎えていた。バスタブの中は液状となった私で三分の二くらい満たされている。「これはどうしたことだろう」バスタブを心配げに覗きこんでいる友人に、とにかくも聞いてみた。覚えてないの、と友人は聞き返してきたが、私が覚えているのは居酒屋で冷酒の追加を頼む時に「ぇいしゅほういっほん」と呂律のまわらないことを言って、ああ、まずいなあ、とおもったあたりまでだ。目の前のテーブルに冷酒のガラス瓶が林立していたのは覚えている。「あんた、あの店を出てからさ、気持悪いぃとか言って漢方の店に入ったんだよ。で、店主のおじさんにさ、お腹がぱんぱんで重い、なんでもいいからすっとするやつ寄越せぇって怒鳴ってさ。ありゃあ悪い酒だよ、ひどい絡み方だった。そしたら、おじさんが店の奥から黄金色した液体の入った小瓶もってきてさ、なんかちっちゃい蛇やら蜥蜴やら朝鮮人参みたいな根っこやらが底に沈んでいる気持悪い薬酒なんだけどさ、あんた一息にぐいいいと飲んじゃった。飲み終わったとたんに、あんた、ばしゃあってかんじで水になっちゃったのよ」ウウム全然覚えていない、と私が言うと、友人はハアと溜息をついて「そのあとあんたは液体化しているのに『ああ、楽になった楽になった』とか呑気なこと言ってるしさ、店主は『用量が多すぎだ。服用量は瓶のラベルに書いてあるだろ。私はしらんよ』みたいなこと言って逃げるしさ。しょうがないから雑巾であんたを拭き取ってポリバケツに絞り入れて、水がたぷんたぷんしてる何十キロものポリバケツを背負って帰ったんだよ。電車では変な目で見られるし、あんたは『あはは、もう一軒〜』とかバケツの中から陽気な声をあげるしさ、ほんと、ドブ川にでも流してやろうかとおもった」と一気にまくし立てた。ウウム、かなり怒っている。私はとりあえず、こめんなさい、もうけっして悪酔いはしません、と誓っておいた。どうだか、という友人の冷たい視線を浴びながらも、ともかくもどうしよう、と対策を練ることになった。
「自分で形はとれないの?」
「できなくもないけど」
 私は右手に意識を集中した。ハタから見ると私はどこがどこだかわからない液体であるのだが、ちゃんと自分の感覚としては、ここが右手、ここが左足、ここはこめかみあたり、と以前の肉体の各部位に液体を分けることができる。もっとも足の裏が頭の上にあったり、耳の横にへそがあったり、顎の下に左手の中指と薬指だけがあったりと、ややこしいのではあるが。とにかく右手に意識を凝らすと、右手であった液体たちは次第に一箇所に集まりはじめ、以前の形を取りはじめ、バスタブに満たされた液体の一部が盛り上がって、水できた右腕となった。しかし……
「ぷはっ」私は長いこと水中で息を止めていた人のように大きく息をはいた。その途端、右手は形をうしない、ばしゃりと元の液体に戻ってしまった「これ、相当集中力がいるんだよね」
「うーん、鋳型にでも入れて焼いてみようか」
「私はワッフルじゃないよ」
 なんだかんだと相談の末、ゴム製のウエットスーツを着用することにした。それならとりあえず形は保てるし。まあ、別にいいんだけど、海中でもあるまいにウエットスーツを着て電車の吊革につかまり出勤、というのはかなり恥ずかしい。これからは飲み過ぎないようにしなくては、と少しだけ反省した。
――――――――
三語(一行)「けつ えき がた」
なんか最近文章のリズムが悪いなあ、と思っていて、どうもムリに一行で書こうとしているからじゃないかとこれを書いてて気づきました。いや、気のせいかもしれないけど^^;
というわけで後半改行してます

Posted by kakimi at 2004年08月06日21時21分12秒 | コメント(0) | Trackback(0)