2006年12月19日01時28分16秒

三語 [ 3分で読めるもの ]

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久々に書きました。半年ぶり……?

 ポットを手にした西尾マザーが「そろそろ眠る時間ですよ」と命じるので、私は食卓でパンをぼそぼそと噛んでいるのをやめ、マザーにおやすみなさいを言って二階の自室に上がっていった。
 私は食べるのがとても遅いので、いつも食べ終わらぬうちに就寝時間がきてしまう。ギシギシ鳴る木板の階段を昇りながら、ああ、また食べ損ねた、まだお腹いっぱいでないのに、と後悔する。
 二階にあがると、正面に廊下があって、廊下の両脇に子供部屋の扉が等間隔にいくつも並んでいる。まるで合わせ鏡で映したようにいくつもいくつも並んでいて、いくつもいくつも並んでいるのだから当然廊下もどこまでもどこまでも続いている。
 合わせ鏡に果てがないように、この廊下にも果てがないように思われるので、私はこの廊下の突き当たりまで行こうとは考えない。ただ自分の部屋である鳥の絵のプレートが付いた扉を探すだけだ。
 私の部屋の扉は、やたら遠かったりすることもあるし歩き出して二三歩で見つかることもある。だから扉の順番を覚えることに意味はない。
 プレートを探して一つ一つの扉を見ていくと、扉の向こうでこの家の同居人である子供たちの声が聞こえる。クスクスとルームメイト同士で忍び笑う声であったり、クスンクスンとルームメイトがいないのか一人押し殺して泣いている声であったり。
 やがて鳥の絵のプレートが付いた扉が見つかって、ほっとして入ると、もう照明が消されていて、二段ベッドの下で本を読んでいるらしいルームメイトのメリッサの枕元でスタンドが焚き火のように灯っている。私が二段ベットの梯子を昇ろうとすると、いつものようにメリッサが声をかけてくる。
「今日も食べ損ねたの?」「うん」「あんたは食べるの遅いから」「そうね」「早く食べられるようになるといいね」
 メリッサとの会話はいつもこれだけだ。メリッサは一字一句違うことなくいつもこれだけのことを言い、それ以外のことは言わない。そもそも私はメリッサの顔を見たことがない。メリッサはいつもベッドにもぐって枕元のスタンドで本を読んでいて、食事で遅れた私に同じことを言うだけなのだ。
「じゃあ、おやすみ」「おやすみなさい」
 いつもと同じ言葉をかわして、私もベッドに潜り込む。シーツから顔を半分だけだして、しばし考える。私はメリッサの顔を知らないけれど、よく考えると他の同居人の子供たちの顔も知らない。何人か、何十人か、何百何千、数が意味をなさないほどに子供たちはいるのかもしれないけれど、一人も知らないのだ。そういえば西尾マザーの顔も知らない。ポットを持つ、白いけれど皺の刻まれた手しか知らない。考えるとウトウトとしてきて、お腹がくうっと鳴って、ああお腹すいたなぁ、と思いながら寝てしまう。

「そろそろ眠る時間ですよ」ポットを手にした西尾マザーがそう命じるので、私はパンをぼそぼそと齧るのをやめ、マザーにおやすみなさいを言って二階に上がっていった。ギシギシ鳴る木板の階段を昇りながら、そういえば朝と昼はどこにいったんだろうと思った。この家に来て以来、夜眠る前に一人で食事をしている記憶しかない。そしていつも食べ損ねる。ああ今日も食べ損ねたなぁと後悔していると、上から階段をたんたんと弾みつつ転がってくるものがある。足元で止まったそれは橙の柿の実だ。なんで柿が?と思いつつも手にとってみると、ずっしりと重く、天井の照明に照らされて橙色がぴかぴかとひかっていて、いかにも美味そうだ。ああ美味しそうと思う間もなく、私はガブリと齧りついていた。シャクシャクシャクシャクと皮ごと実を齧り、食べ尽くし、残った黒い種たちも呑み込んだ。種たちが胃の底にからんころんと落ちる音を聞いてしばらく、私の腹の底のほうで燠火のようなものがおこり、それはまたたくまに業火となって燃え広がった。食べたい! もっと食べたい! お腹の芯のあたりが真っ白に燃えさかっていて、私ははげしい空腹感に突き動かされて一気に階段を昇った。廊下にいくつも並ぶ扉、今日は一番手前の右の扉が、鳥の絵のプレートだった。
「メリッサ!」相変わらずメリッサの枕元だけ明るい部屋にずかずかとあがりこむと、私はシーツにもぐって読書しているメリッサの肩をつかんで、強引にこちらに顔を向けさせた。「くん」とメリッサは鳴いて、「あら、ジョンじゃないの」と私は目をまるくした。白いネグリジェにナイトキャップをしたメリッサの顔は犬だったのだ。
「そう。ジョンじゃお返事もできないよね」見慣れた黒ブチ犬の顔を眺めていると、お腹の芯で灼熱していた空腹が急速に膨張して私の身体の隅々にまでいきわたり、さらに膨張しようとする空腹に内側から押し上げられて、私の身体は風船のように膨らみ始めた。頭から手の先から足のかかとまで空腹に満ち満ちた私は、犬顔のメリッサを片手で掴んでバクリと呑み込んだ。もっと! もっともっと! 空腹に膨れ上がった私は、身の内の命じるままに小さくなった部屋の入り口を押し潰して廊下に飛び出し、他の子供たちの扉を次々と開け、キャアキャア甲高い声をあげて逃げ惑う子供たちを捕まえてどんどん呑み込んでいった。子供たちの顔は、郵便ポストであったり「止まれ」の標識であったり電柱であったり近所でよく見かける三毛猫であったりして、みんなよく知っているものばかりだったけれど、私はかまわず呑み込んで行った。そうして子供たちをどんどん食べていくと、私の身体も、更にどんどんずんずんと大きくなっていった。何百人目だかわからない、横断歩道の顔をした子供を捕まえて食べたとき、私の身体は廊下の幅いっぱいに満ち満ちていて、更に大きくなる私に耐えられなくなった廊下はギシギシと悲鳴をあげて倒壊しだした。私もいい加減窮屈に横になっているのも嫌になったので、天井を押し上げ、突き破って立ち上がった。私は思いのほか巨人になっていたらしく、天井どころか屋根も突き破って、家の外に顔が出てしまった。曲げていた膝を立て、ちゃんと立ち上がると、屋根は私のおへそのあたりになった。ハタからみると私って煙突みたいかしら、と思いながら周りを見渡すと、ちょうど夜が明ける時間だったらしく、東の空が白みはじめ、ごみごみとした街並みを照らしはじめていた。赤や青の屋根瓦、向こうにつくんと立ってるのはOOビルかしら? あっちの細いのは○○コーポよね。なんのことはない、この家はご町内だったのか、と拍子抜けしていると、
「そろそろ行かなくていいの」
 と、声をかけられてハッとした。目の前でご近所の西尾さんちのおばさんが怪訝そうな顔をしている。ああ、そうだった。学校に行く途中で西尾のおばさんに捕まって立ち話をしていたのだった。おばさんは庭の柿をもいでいたのだけれど、話し相手として格好の私が通るのをめざとく見つけて捕獲したのだ。けどおばさんの話はいつも長いし、大体が一方的にまくしたてるから、私はうんうんと頷きながらウトウトしてしまったのだ。いつも朝が弱い上に、今日は身体測定があるから朝食も抜いていて、ついついボウっとしてしまう。「じゃあ、行きます」私は西尾のおばさんの傍らにいたジョンの頭を撫でておばさんに一礼するとかけだした。「ああ、柿持ってきなよう――」後ろからおばさんが声をかけたけれど、たぶんおばさんのもいだ柿は一個無くなっているはずだから「いえ、いいです――」と返しておいた。リズムよく駆けているとお腹のなかで黒い種たちがからんころんと音を鳴らす。

Posted by kakimi at 2006年12月19日01時28分16秒 | コメント(2) | Trackback(0)

2006年07月13日00時15分03秒

『遠い光』 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

今宵も、うたかた探し

インディペンデントレーベル
ジムノペディ

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 人型ピンク電話である私は、宿敵である黒電話との戦いに勝利した。以降、この世に「残してもらえる」旧電話は、ピンクばかりになるだろう。
 硬貨手裏剣で八つ裂きになった黒電話の躯を足元に、夜空を仰いだ。青や黄色の満天の星星は、いつか電話養成学校の課外授業で黒電話と共に見たプラネタリウムのようだ。(了)


鍛錬場三語。短さ重視な感じ

Posted by kakimi at 2006年07月13日00時15分03秒 | コメント(4) | Trackback(0)

2006年06月19日02時45分02秒

三語 [ 5秒で読もうと思えばできなくもないもの ]

豪放ライラック(1)ワニブックス桑田 乃梨子このアイテムの詳細を見る


久々に三語書きました。長い


 シロウはいつも空ばかり仰いでいる変な子供だった。体育の時間にグラウンドをマラソンしているときも、学校の帰り道も、いつも歩きながら空を見上げていたので、よく他人や電柱にぶつかった。
「また上ばっかり見て。なにがそんなに楽しいのよ」
 帰り道、相変わらず郵便ポストにぶつかって顔をしたたかに打ち付けたシロウに、ユミコが聞いた。
「……楽しいよ。おかきみたいな形の雲が、ゆっくりと動いていくのも楽しいし、雲ひとつもない真っ青な空も、吸い込まれそうですごく気分がいいんだ」
 鼻を強打して涙目になったシロウは、ユミコに助け起こされながら答えた。
「それにね、ぼくは上の世界にいきたいんだ。知ってる? 雲よりも高いとこには、ちがう生き物たちが自由に空を飛びまわってる世界があるんだよ。嘘じゃない、ぼくは見たんだもの。大昔のトンボや、ねじれた角が頭から生えたピューマや、蝶の羽の生えたイノシシや、目つきの悪い髪の蒼い女の人や、そんなのが飛び回ってるのを見た。すごく真っ青で、青色が煮詰まったみたいな空のときさ」
 ユミコはシロウの空想にとりあわなかった。シロウは昔から空想癖があった。いつもぼーっと空を見てるし、時々変な言動をするから、クラスでは苛められているらしい。別のクラスにいるユミコはそのあたりを噂で聞いてるだけだけど、さもありなんと思った。けれど、下校時間に待ち合わせて帰るとき、シロウはそんな様子は全然なくて平気な顔で、ほんと雲の上の人みたいだ。
「いい? あんたは上ばっかり見てるから、頭に血が上りやすいの。だからヘンな幻覚もみるの。まっすぐ前を見て歩きなさい」
 大人っぽくユミコが注意してもどこ吹く風、シロウはまた空を仰いでふらふらと歩きながら、
「イチロウ・ジロウ・サブロウ。だから四郎らしいんだけど、ぼくは違うと思うな。シロウは白のシロだよ」
 ユミコはきょとんとした。シロウは一人っ子だ。幼馴染なんだから、そんなことはようく知ってる。

 ある日の授業中、廊下をわあわあと叫びながら駆けていくシロウを、ユミコは見た。ユミコの教室のみんなは、先生も含めて呆気にとられていて、ユミコは反射的に体が動いてシロウのあとを追った。
 なにか奇声をあげながら全力で校舎の階段を昇っていくシロウを、その背中を必死になってユミコは追い、屋上でようやく追いついた。屋上に出る扉をシロウが開けて、彼がそこで立ち止まったからだ。
「シロウ」声をかけたけど、シロウは空を見上げていた。つられてユミコも空を見上げた。見上げてハッとした。空は、まるで煮詰めたように青かった。今まで見たことのない、煮こごりみたいな青色に、白いふわふわとしたものたちが舞っていた。恐竜辞典に載ってた大昔のトンボ。ピューマに、ユニコーンみたいな角が生えていた。蝶の羽の生えたイノシシは、ユーモラスというか馬鹿みたいだ。目つきの悪い蒼い髪のお姉さんは、じとっとこっちを横目で見る。みんなくるくると、空を泳いでいる。
「ぼくは、お母さんにすごく愛されてるんだ」
 ジロウは空を仰ぎながら言った。ユミコからは背中しか見えなかった。
「イチロウお兄ちゃんは、お母さんのお腹のなかで死んじゃった。ジロウお兄ちゃんは、生まれたけど生まれつきの病気で半年くらいで死んだんだって。サブロウお兄ちゃんは、元気で育ったんだけど2歳のときに事故で死んだんだよ。お母さんはね、ノイローゼみたくなっちゃって、そんなふうでぼくを生んだんだ。ぼくは、だからすごく愛されて育ったんだ。お母さんは少しおかしくなっちゃってるけど、ぼくが歩くだけでも心配して、ぼくがなにかしようとするとすごく心配して、ぼくはなんにも出来ないんだけど、でも愛されてるな、てわかる。けど、なんか愛って重いよね」
 シロウは冗談のように、両手を鳥の真似をしてパタパタと羽ばたかせた。シロウの体は、冗談のようにふっと舞い上がり始めた。足元が宙を浮いている。そのまま、宙を舞っているトンボやピューマたちのほうへ、まっすぐ飛び立とうとしていた。
「だめ!」
 ユミコは飛びかかってシロウの足にタックルした。浮き上がったシロウはユミコの自重に地面にたたきつけられる。
 叩きつけられたシロウは地面にうつぶせになりながら、顔だけを足にしがみついたユミコのほうに捻じ曲げて「なんで」と聞いた。瞳に水っぽいものはないけれど、くしゃくしゃの顔だった。もっとくしゃくしゃになったユミコが、口もとに流れ込んでくる涙と鼻水を飲み込みながら、言った。
「わかんないよ。わかんないけど、私がイヤだから。私、すごい勝手だと思う。シロウのお母さんも勝手だと思うよ。勝手だけど、でも、空を見て、シロウがいるのを眺めるだけなのは、イヤなの」
 シロウは両手をバタバタさせるをやめて、まじまじとユミコの顔を見た。くしゃくしゃになったユミコの顔と、ほうけたようなシロウの顔。二人はお互いの顔を見合わせて、それから二人とも空を仰いだ。群青を煮しめた空には、トンボやピューマやイノシシやお姉さんが、地上のよしなしは我関せずと舞っていた。

Posted by kakimi at 2006年06月19日02時45分02秒 | コメント(2) | Trackback(0)